環七と第二京浜の交差する所、朝日を浴びて二人の男が立っていた。一人は眼鏡をかけ背が高く、これから五日間ずっと着ることになる青いシャツを着ていた。一方もう一人の男は、肩までしかない白いシャツを着て、髪は長く、いかにも主人公という感じがした。と、青いシャツの男が言った。
「待ち合わせ場所って、ここでいいんだろ?。」
「ああ、俺が昨日、自転車で確かめておいたからな。」
どうやら二人は誰かを待っているようであった。
「エイジ、なんかあまり今日から旅をするって気がしないな。」
エイジと呼ばれた青いシャツの男が答える。
「ん?ああ・・・まあそんな気もするな。」
そんな会話をしながら二人が待っていると、前方に黒い人影が見えた。
「あれ?クマちゃんじゃねぇーの?。」
白いシャツの男が指さす方向を見ると、自転車に乗ったやや小柄な男がこちらに近づいてくる。
「ああ、そうだ。クマちゃんだ。」
エイジがそう言った。
クマちゃんは二人とは反対側の車線を走っている。車が少ないので横切ってくればいいものを、律儀なクマちゃんは、遙か遠くの信号を渡ってやって来た。
「オメガもエイジも早いなあ。」
そう言うと。クマちゃんは自転車を降り、メモ帳のような物を取り出して何かを書き込み始めた。オメガと呼ばれた白いシャツの男が言う。
「何?出席とってんの?。」
と、いきなりエイジがチョップを喰らわす。
「ぶっ殺されてーのか!?。どこに、三人しかいないのに出席とるヤツがいるんだよっ!。」
朝の軽いギャグを済ませると、三人は自転車に乗り始めた。いよいよ出発だ。
「じゃ、行きますか。」
クマちゃんの合図によって旅への一歩が踏み出された。
旅の始めは足も軽く動く、三人はどんどん道を進んでいった。が、500メートルもしないうちにエイジが叫ぶ。
「クマちゃん、ちょっと待ってー。」
どうやらブレーキがおかしいらしい。早くも出鼻をくじかれたような気がした。が、クマちゃんにとっては、自転車もプラモデル同様である。いとも簡単に直して、旅を再開させてくれた。
しかし、エイジの不運は一度では終わらなかった。多摩川のサイクリングロードに入った頃、
「クマちゃーん、ちょっと。」
の声がして、またもや旅が中断される。今度はギアーがおかしいらしい。クマちゃんとエイジは熱心に修理に専念した。そのときオメガは何をやっていたのかというと、両手の指で三角形を作り、それを太陽に向けて、深く息を吸い込んでいた。これは、最近オメガが修行し始めた霊術の一つ『陽氣吸収法』というもので、早朝の太陽から陽氣を吸収するというものだった。早朝に起きる機会が少ないので、このような時にやってみたのだろう。
そう言うバカを放っておいて、クマちゃんとエイジは何とか自転車を直した。
「よし、これでいいでしょう。」
クマちゃんのOKが出て、三人は再び走り出す。
その後しばらく行くと、前方でラジオ体操をしている集団があった。邪魔になることはないだろうと思って、三人が進んでいくと、突然、彼らは足の振り上げを始めた。
「前に足を振り上げー。」
と、ラジオの声がする。彼らは道に対して後ろ向きに立っていたので、前の振り上げは別に問題なかったが、後ろの振り上げをやられたら、たまったものではない。
「今のうちにいかなければ。」
三人はスピードを上げて、彼らの後ろを通り過ぎようとした。と、その時。
「後ろに振り上げー。」
ま、まずい。と、クマちゃんが言う。
「いや、常識から言って大丈夫でしょう。」
しかし、彼らは常識を知らなかった。無数の足が三人をめがけて襲いかかる。
「おおーーっ!?」
三人は驚いたがすぐに体勢を立て直し、巧みな自転車さばきで後ろ蹴りをかわしていく。
「フーッ、信じられねえことするなー。」
三人は自分たちが何者かに狙われているような気がした。
行く先はまだまだ遠い。これから何が起こるのだろう。不安と期待を背負って三人は走り出した。
あれから二時間は走っただろうか。三人は府中のある公園にたどり着いた。
「この辺で一回休んでおかないと体力がもたないよ。」
とクマちゃんが言うので、三人はひとまず自転車を降り、何か飲み物を探しに出かける。めぼしい所はないかと見回していると、「一階コンビニエンスストア」と書いてある建物があった。
「ここにしようぜ」
三人は建物の中に入っていく。中はクーラーがついていて涼しく、三人のパワーを回復させた。が、
「なんだこりゃー。休みじゃねぇかー。」
なんと!コンビニエンスストアと書いておきながら、「開店9時」の札が掛かっているではないか。
「どこがコンビニエンス(便利)なんだよーっ。」
オメガが言う。仕方なく三人は外に出て、自動販売機でそれぞれドリンクを買った。
公園の方に戻るとき、三人は異様な光景を見た。なんと、反対側の歩道を歩いている人々が、一人残らず同じ建物に入っていくのである。建物には「N○C」と書いてあった。やはり大企業はすごい。この人数がそのスケールの大きさを物語っている。だが、小学生のように同じ時間にぞろぞろ通勤するのも情けない、とオメガは思った。
旅は続く。なんとかサイクリングロードを突破した三人は、昼頃、八王子市に着いた。ちなみに、一応ここも東京である。三人は、以前クマちゃんが来たことがあるという公園で、二回目の休みをとった。
「あー疲れたー。」
エイジとクマちゃんはベンチに座り、オメガは少し離れた木陰に座った。
しばらく休んでいると、向こうから二人組の男女がやってきた。どうせカップルだろ、と思ってみていると、男の方がオメガに近づいてきた。オメガはとっさに身構えた。だが不思議なことに、その男からは殺気が感じられない。むしろ安らぎを感じた。
男は言った。
「こんにちは。実は私たちは奉仕活動で、みなさまの健康と幸せをお祈りさせていただいているんですが、よろしかったら祝福させていただけませんか。」
もちろんおめがは、
「いいですよ。」
と答えた。以前オメガは、これと同じものを五反田と渋谷でやったことがあった。だから、安全だと知っていたのである。
「あ、よろしいですか。ではまず、手を合わせて、「明主様ありがとうございます」と五回言って・・・。」
「あっ、知ってます。前にやったことありますから。」
オメガの言葉に、男は驚いて言った。
「あっ、やったことあるんですか。どこで?。」
「渋谷とかで二度ほど。」
「あっ、東京の方なんですか。」
この男、八王子も東京だということを知らないのだろうか、とオメガが思っていると、それを見抜いたかのように、
「あっ、八王子も東京だ。都心の方なんですね。」
といい直した。
さて、祝福の儀式は始まった。五回の言葉を唱えた後、目をつぶらされる。この目をつぶっている間、男は手の平をオメガの額にかざし、気のようなものを送るのである。かつてオメガが初めてこの儀式を受けたとき、目をつぶっている間に首を絞められたり、財布を抜き取られたりしないかと思い、うすく目を開けたことがあった。その時、こうしているのを見たのである。
一分ほどでその儀式は終了した。男が言う。
「何か変わったことがありましたか。」
「いえ、別に・・・・感じやすい人は光を見ることがあるって言われたことがあるけど・・・。」
オメガが答えた
「そうなんですよ。これは多くの奇跡を生んでるんです。私も大学二年なんですけど、この力を身につけて奉仕活動してます。あの女の人もそうです。」
そう言って男が指さす方向を見ると、エイジが女の人に祝福を受けている。迷惑そうな顔をしているエイジを見て、オメガは一瞬笑いそうになった。
しかし、悲惨なのはクマちゃんだった。水飲み場で水を飲み、顔を上げたところを女の人につかまえられ、口のまわりを水で濡らしたまま儀式を受けていた。
「それじゃあ、がんばって下さい。」
二人の男女はそう言うと、次の獲物を探しに去っていった。三人はパワーが回復したような気がして自転車に乗ると、今日の最大の難関である垂水峠へと向かった・・・・。
三人は高尾に着いた。これから垂水峠を登る前に、ひとまず飲んでおこうということで、ある店の前で自転車を止める。それにしても予想していた以上にのどが渇く。オメガが言った。
「クマちゃん、登りってどのくらい長いの?。」
「うーん。結構長い。」
逆効果の返事が返ってきたので、オメガがまた言う。
「でも、そんなに急じゃないんでしょ。」
「うーん。まあ・・・・とにかく都会にはない坂だよ。」
なかなか厳しいクマちゃんの言葉にヤル気をなくしたオメガは、さらに、以前バイオレンス(通称、吉川)から聞いたことを思い出した。
「垂水峠はつらいぜー。ゆるい登りがずーっと続くんだ。ほんと嫌になるぜ。オレなんか自転車捨てたくなったよ。」
こんな時、自ら敗北宣言するのがオメガの癖だった。
「あーあ。オレが最初に脱落するぜー。」
すると、エイジが言った。
「いや、最初の脱落者はオレに決まった。ギアーがおかしいんだよ。」
一瞬、やった!とオメガは思ったが、そこで認めては万が一の時困る。
「いや、オレだ。」 エイジも応戦。
「いいや、おれだ。」 そんなことをしている間に、出発の時が来た。
「じゃ、行きますか。」
クマちゃんの合図で三人は走り始める。果たして、三人は無事峠を越えられるのだろうか・・・・・。