第十一章 飛び散ったポカリ 

 

夜が明けた。時刻は六時。テントの外から小鳥のさえずりが聞こえ、例のガチョウが叫び始める。野辺山の夏の朝が始まった。

オメガは生きていた。首にタオルを巻き、シャツを数枚重ね着して、夏の朝とは言えない格好で横たわっていた。

「助かった・・・・。」

オメガはそうつぶやくと、エイジとクマちゃんを起こし、一人テントの外に出る。

「寒い・・・。」

いくら朝とは言っても、JRで一番高い駅と言われた野辺山。まだまだ寒い。オメガは走ったりなどして体を暖めた。

それから一時間ほど三人はブラブラしていたが、ウエスタン音楽が流れ出すと、すぐにテントを片づけ始めた。

「ウーン、東京に帰ったら、この種の音楽を聞きまくって慣れないとね。」

クマちゃんが言う。

「よし、それじゃあ将来、新しいロックを作るんだ!その名も『ウエスタン・ロック』!。」

オメガがまたアホな事を言う。さらに、エイジは朝っぱらから木の根っこにつまずいてコケていた。まったく、他のキャンプ客がいるのに恥ずかしくないのだろうか、この三人は。

ところで話は変わって、野辺山の夜の寒さを利用して、三人は昨夜モモの缶詰を水につけておいた。

思った通り缶詰は冷えていたが、こんな寒い朝に食うとは考えてもいなかった。

「寒いよ〜。」

そう言いながら冷えたモモを三人は食べる。

その後、暇を見つけてオメガが友人へのメチャクチャな手紙を書き終わると、三人は牧場にある食堂へ朝食を食べに行った。エイジとオメガはチキンピラフ、クマちゃんはトーストだった。久しぶりにテーブルで食べた朝食は、三人を非常に活気づけ、三人はさわやかな朝を過ごしたのだった。

 

「じゃ、行きますか。」

朝食を食べ終わった三人は、テント場から自転車を引っぱり出し、いよいよ四日目の旅に出発した。

行きに通った田んぼの道を逆に戻り、車が通る広い道路に出る。さすがに登り坂は見えない。

「今日は、最初は下りだから。」

クマちゃんの言葉に元気づけられ、オメガは今日はエイジの前を走った。

ゆるやかな下り坂をずーっと行くと、期待通り、曲がりくねった急な下り坂が現れる。

「オリャーッ。」

クマちゃんの後に続いて、オメガはほとんどブレーキをかけずに坂を下っていった。

「ヒュオオォーー。」

体をすり抜ける風が涼しい。このまま永久に下り坂だったら、とオメガがいつものように思っていると、突然クマちゃんが止まった。

「ゲッ、なんで?こんなに気持ちがいいのに・・・。」

そう思ってオメガも自転車を止める。

「どうしたんだクマちゃん!?。」

「これを見てくれー。」

なんと自転車の後輪の横に付いているパニアバッグのベルトが切れて、バックが裂けているではないか・・・・。

そのため、中身が少し落ちてしまったらしい。

「気持ち良く走ってたら、いきなり後輪がロック(タイヤが止まる)してさー。バランス崩して危なかったよ。途中で何か落ちてたりしなかった?。」

「いいや、そんな事はないぞ。」

それでも心配なクマちゃんは、自転車を降りると、逆戻りして落とした物を探しに行った。後から来たエイジは自転車を止めると、クマちゃんの被害を冷静に分析していた。

急な下り坂の途中で止まったため、トラックや車が通ると自転車に当たりそうになる。キャンプ場でのんびりしてしまったので急がなければならないのに、このようなハプニングに出会うとは・・・・。

オメガはまたもや自分たちを狙う邪悪な存在を感じた。

そんな時、クマちゃんが戻って来る。

「おかしいな、何も落ちてなかったよ・・・・・。」

クマちゃんのバックの中味がいくつか無くなっているのだから、どこかに落ちているはずである。それなのに・・・・・。

「仕方ない。バッグが使えなくなっちゃったから、オメガ少し荷物持ってくれる?。」

「あ・・ああ、いいよ。」

こんな時にためらってはいられない。オメガはすぐに、クマちゃんの荷物を自分のバッグに入れた。

だが、その時、・・・・オメガは異様な光景を見た。

「こ・・・・これは・・・・・。」

なんと、クマちゃんの自転車の周りに、白い結晶が散らばっているではないか・・・・・・・・。

これはポカリスエットの粉末だった。おそらくクマちゃんのバッグの中に入っていたものだろう。

無くなってしまったクマちゃんのグッズの中で、ただ一つ生き残ったのは、この飛び散ったポカリのみ!

「よくやった・・・・。」

とオメガは思った。

「まだ使える・・・・。」

とエイジは思った(かもしれない)。

応急処置で、クマちゃんはなんとか旅を続けられる状態になった。

「すいませんねぇ。」

クマちゃんはそう言うと再び、自転車に乗る。ずいぶん時間がかかってしまった。急がなければ・・・・・。

三人は再び急な坂を下り始めた。

 

時間が遅れたせいか、三人はものすごいスピードで坂を下った。バイクにも追いつきそうなくらいだった。坂が終わり平らな道になると、クマちゃんが自分のメーターを見て言う。

「すごいよ!最高速度57キロだって!。」

これはまさにすごい。おそらく前にも後にも、こんなスピードで走ることはないだろう。

気を取り直して、三人は道を急ぐ。今日の下り坂は終わったようで、これから登り坂が続くらしい。特に、夕方近くに通る予定の三国峠という所は、標高2000メートル近くあると言われている。その三国峠へ行く道を三人は探していた。

しかし、しばらくすると、急にクマちゃんが自転車を止めた。

「ちょっと待てよ・・・・。」

クマちゃんは地図を見て、どの道を行けばいいのか検討している。

「しまった!通り過ぎてしまった!。」

ガーーン。三人はまたもや時間をムダにしてしまったようだ。だが、それなら、なおさら急がなければならない。

「行きましょう。」

三人は来た道を戻っていく。しばらくして、通り過ぎた曲がり道に着いた。が、

「今のうちに水を補給しておいた方がいいんじゃない?。」

とエイジが言うので、道を進む前に、三人は近くにあった美容院に立ち寄ることにする。周りには他に人家がなく、その美容院だけが頼りだった。

「すいませーん。」

店の前に来ると、三人は誰かいないか呼んでみた。が、返事がない。もう一度、

「すいませーん。」

と言うと、中から平凡なおじさんが出てきた。

「はい、なんだね。」

このおじさんは別にこれと言った特徴はなかったが、田舎の人特有のやさしさがあった。

「あの、水もらえますか?。」

「うん、そこの水道の水を使いなさい。しばらく出さないと冷たくならないよ。」

おじさんはそう言うと、再び客のいない店の中に戻っていった。

クマちゃんとエイジは早速水を補給する。オメガはまだ水筒に飲み物が入っていたので、その辺をブラブラしていた。と、近くに犬小屋があり、黒と茶色の二匹の犬が吠えているのを発見した。

「よーし、待ってろ。今行く。」

誰も待ってないのに、オメガは犬の方に近づいた。まず、手前につながれている茶色の犬が、すぐオメガに飛びついた。

「こらこら。」

そう言っても、オメガは引き離そうとはしなかった。犬はオメガの耳や顔をなめまくり、日焼けでヒリヒリする肌を、小さな手でひっかいた。だがオメガは耐えた。

これが、こいつの愛情表現なのだろう、と。

「ワンワン。」

その後ろにつながれていた黒犬が、まるで嫉妬しているように吠えたてた。

「わかったよ。」

今度は黒犬の方にオメガは近づいた。二匹の犬は、鎖を最大限に伸ばせば互いに遊べるくらいの距離にいた。そのためか、オメガが黒犬の方ばかりかわいがっていると、突然茶色の犬が黒犬に飛びついた。

『今度はオレの番だ!。』

『まだ早い!。』

そんな感じで二匹がケンカし出したので、オメガは間に入って止める。

「こら、ケンカするんじゃない。」

二匹を引き離して、オメガは両方の頭をなでると、

「じゃあな。」

と言ってエイジたちの方に戻っていった。この時、オメガは我が家の忍犬キリカゼ(通称ゴロ)を思い出していたに違いない。

オメガが水道に戻ってくると、クマちゃんたちはポカリスエットを作っていた。

「なんだ、まだ粉があったの。」

「うん、まだあるからオメガも作りなよ。」

クマちゃんに粉をもらったので、オメガは入っていた中味(実はただの水)を捨て、ポカリを作った。

さて、これからいよいよ登り坂が始まる。一応、歩いて登ろう、という事になったが、オメガはちょっと心配だった(つまり信用していなかった)。

いったい、三人は峠を越えられるのだろうか・・・・・・・。

 

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