第十二章 旅人たちの休息 

 

水を補給した三人は、道を曲がると人家の方に入っていった。よく耳をすますと、風鈴の音が聞こえる。ここの人たちは、夏をのんびりと過ごしているようだった。

細い道を何度も曲がりながら進んで行くと、一軒のお店があった。

「オメガ、ここで切手買いなよ。」

とクマちゃんが言うので、三人はそこでしばらく休むことにする。オメガは早速店の中に入った。

「すみませーん。」

と言いかけたが、店の人が電話していたので少し待った。店の人はオメガの姿を見ると、急いで話を切り上げて、電話を切る。切手一枚(41円)しか買うつもりのないオメガは、ちょっと気まずい思いがした。

「はい、何でしょう。」

店のおじさんが聞いた。

「あの・・・41円切手一枚欲しいんですけど・・・・。」

「あ、切手ね。」

おじさんは店の奥にある机の引き出しをあさり、オメガに切手を持って来てくれた。

「はい、41円です。」

おじさんは切手一枚でも文句は言わなかった。

オメガは店の外に出ると、近くのポストにハガキを入れる。誤解があるといけないので記しておくが、これは友人への手紙であった。

 

写真7:手紙を出す男

友人への手紙を出すオメガ。しかし、ハガキがはっきり見えないので、東京に帰って誤解を招く事になる。

オメガ ---- 悲しき男よのう。

「これから登りみたいだよ。」

クマちゃんが言うので見てみると、なるほど、曲がり角の向こうに超急な坂がある。

「歩いて行くんだろ?。」

オメガが念を押す。

そんな話をしていると、突然店のおじさんが出て来て言った。

「何か冷たい物を飲むんなら、ありますよ。」

そう言われて「いらない」とは言えない。

「じゃあ、何か飲もっか。」

三人はまんまとおじさんの術中にはまった。

ところが、何があるのか見てみると、あまり飲みたそうなのがない。おじさんは三人を見ている。

ピーンチ、とオメガは思ったが、その時ふと、果汁30パーセントのグレープフルーツを見つけた。

「あっ、それじゃあ、このグレープフルーツください。」

オメガがそう言うと、エイジとクマちゃんも同じのを頼んだ。おじさんが取り出したのは、実はオメガが言ったヤツと少し違っていたが、敢えて口には出さず、ありがたく受け取った。

「ああ、うめぇーー。」

グレープフルーツジュースによって、三人のエナジーは十分回復した。

「じゃ、行きますか。」

クマちゃんの合図で、三人は自転車を押して店を離れる。

それからの道は、押して行くのもきつい程急な坂だった。あまりに急なのでオメガが言う。

「この坂すげぇ急だなあ。三歩で1メートルぐらい上がるぜ!。」

「ウソつけ!。」

でも、それほど急だったのは間違いなかった。

道は曲がりくねって続いていく。と、突然目の前の道が消えた。

「ゲッ、まさか!。」

「下り坂か!。」

いつもなら大喜びするのだが、今回は違った。せっかくここまで登ってきたのに下るということは、その後また登らなければならないからだ。

「クソー、もったいねぇなあ。」

そんな事を言いながら三人は坂を下る。

「おいおい、こんなに下っていいのかよ。」

そう言いたくなるほど下り坂が続き、ついに始めと同じ高さになってしまった。仕方なく、三人はゆっくりと自転車をこいで行く。その時だった。

「あっ、川がある!。」

クマちゃんが指さす方を見ると、入ったら気持ちよさそうな川が流れている。

「入ろうよ。」

オメガが促す。当然、川好きのクマちゃんは「イエス」と答えた。

さて、どこから川へ入ろうかと探しているうちに、一軒の店の前に出た。さっき飲んだばかりなので飲み物はいらなかったが、時刻が十二時をまわっていたので、三人はそこで昼食を買うことにした。

店の中へ入ると、一人の女の人がいて、お客と立ち話をしている。三人が店の中を探すと、昼食になりそうなのはパンしかなかった。三人は仕方なくパンを買ったが、奥の方に入っていったクマちゃんが、

「アイスがある!。」

と、でかい声で叫んだので、三人はアイスも買うことにした。ちなみに喜んでクマちゃんが買ったのは、『ガリガリ君(グループフルーツ味)』だった。

店の外に出るとエイジが言う。

「クマちゃん、あの女の人は?。」

「いや、奥に子供がいるのを見た。」

またこんな話してるのかよ、とオメガは思ったが、好感がもてたのは事実だった。

アイスを食い終わると、いよいよ川へ。三人は、その店から少し行った所に橋を見つけ、その横から河原へ下りていった・・・・・・。

 

近くに止めてあるトラックの後ろで、順々に着替えた三人は、速攻で川に入った。

「うへっ、つめてぇー。」

川の水は思ったより冷たい。しかし、川底は砂地の部分が多く歩きやすかった。流れは、見た目より急で、ちょっとでも気を抜くと、下流まで流されそうだった。(ウソ)

川の中をちょっと行った所に大きな岩が三つ突き出ていたので、三人はそれぞれ自分の場所をキープする。

その後、徐々に体を水の中へつけてみたが、あまりの冷たさに耐えられず、すぐに岩の上に上がってしまった。

「よーし、ここで日焼けでもしよーっと。」

オメガは、足を水の中へつけて、体を岩の上に寝かせた。その時、エイジは既に岩の上で寝ていた。

始めは日射しがジリジリと体を焼いていたのだが、急に雲が現れて、一気に寒くなる。

「何やってんだよ太陽ー、この雲どっか行けよー。」

オメガは叫んだが、雲は次々と現れる。この時オメガは、自分たちを狙っているのが人間だけではないことを知った。

それでも、オメガは太陽が出るまで岩の上で寝た。

しばらく髪を洗っていなかったので、頭を少しずらして髪を川の中につける。

それから何分経っただろうか。突然、オメガの近くで、

「ポチョン!。」

と何かが落ちる音がした。見ると、小さな板が川を流れていく。そして、流れ着いた場所は、クマちゃんの岩だった。

「おーい。おめが。板流しやろう。」

クマちゃんが言う。オメガは体を起こして、一緒に遊んであげることにした。

「じゃあ、まず私が投げるから、オメガ取れたら取って。」

そう言って、クマちゃんが流れの上の方に向かって板を投げた。板はオメガの岩を越えて水の中に落ちる。板は流れに乗って、オメガの方へやってきた。

ところが、オメガの近くは岩が微妙に突き出ていて、水の流れがそこで急に速くなっている。

「オリャッ。」

オメガは手を伸ばしたが、板はオメガの手をかわしてクマちゃんの方に流れていってしまった。

「よーし、もう一度行くぞー。」

そうして、しばらくやっているうちに、二人はさらにエキサイトしていった。五回目ぐらいだったろうか。

「よし、今度は全力で投げるからね。」

クマちゃんはそう言って、板を思いっきり上流の方へ投げた。

「ガサッ。」

なんと板は水の中ではなく、川の中から出ていた水草の茂みの中へ入ってしまったのだ。

「あーあ、それじゃあ、新しいのを探してこよう。」

クマちゃんは川を出て、新しい板と予備の棒を拾ってくる。

その後、二人は場所を交換することにして、板はオメガが投げることになった。

「よーし、行くぞ!。」

オメガはサイドスローで板を投げた。

「ポチャン。」

板が水面に落ち、流れに乗ってクマちゃんの方にやってくる。

「うっ、取れない。」

流れが急な方に板が行ってしまったので、クマちゃんは残念ながら板が取れない。そこで、オメガの出番になった。しかし、さっきと違って、オメガが取り損ねると板は永久に帰ってこないことになる。

緊張する一瞬!と、突然、板が今までとは違う逆サイドの流れに乗ってしまった。いきなり逆を突かれたオメガはとまどう。

「まずい、このままでは!。」

その時、オメガは本能的に足を出した。

「パシッ。」

左足の親指と人差し指に板がはさまる。

「ナイスキャッチ。」

オメガは自分でそう言うと、板を拾い上げて再び上流に投げた。

それから何回かやっていたのだが、例のごとく板が茂みの中に入ったりして、ついに棒一本のみとなった。

「よし、この一本が最後だ。絶対に取ろう!。」

そう言ってオメガは棒を投げる。

「ポチャン。」

これはなかなか面白いところに落ちた。どこに流れていくか全く読めない。

「うっ、ダメだ、届かない。」

クマちゃんが精いっぱい伸ばした手を過ぎて、棒がオメガの方へ流れてくる。岩の上のオメガは棒を見つめる。

「右か、それとも左か!。」

棒はまだ真ん中を流れている。と、突然、棒は左に向きを変えた。

「左か!。」

そう思ったオメガは、すぐに左側へ体を傾ける。が、その時バランスを崩してしまった。そのため、オメガの手が一瞬遅れた。棒は岩をすり抜け、下流へ流れていこうとする。

「させるかーー!。」

何を思ったか、いきなりオメガは水の中に飛び込んだ。そして、見事棒をキャッチ。しかし、そこまでして取る必要があったのだろうか。この時、オメガは水の冷たさと流れの速さを忘れていた。

「つ、つめたい。」

そんなことを言ってるうちに、体がどんどん流されていく。

「ゲッ、助けてくれー。」

少し大げさだったが、流されているのは事実だった。

エイジが起きて、オメガを見て言う。

「何やってんだよ、ハッハッハッ。」

オメガは上流を見た。するとクマちゃんが岩の上で爆笑している。オメガはむなしくなって、足をふんばって体の流れを止めると、根性で元の岩にだどり着いた。

こうして、旅人たちの束の間の休息が終わった。三人は体をふいて荷物をまとめ始める。その頃になって太陽が再び照り出す。時刻は三時になろうとしていた。これから標高1828メートルの三国峠を登ることになる。三人は気を引きしめて、川を後にした。

 

途中、三人は工事のおっさん達に出合った。クマちゃんが三国峠への道を尋ねると、おっさん達は言った。

「三国峠?そんなのあったかぁ?。」

「あっちの方の高い山のことだんべ。」

「おめぇ、今から行ったら日が暮れちまうぞぉ。」

「クマが出るぞぉ、クマがぁ。」

それがおっさん達の言葉だった。三人は無視して先を急ぐ。

その後、スーパーマーケットで一回ジュースタイムをとって、三人はついに三国峠の入口にやって来た。

いつも通り、クマちゃん、エイジ、オメガ、の順番だったが、水たまりでエイジが手こずっているスキに、オメガが二位の座を奪った。クマちゃんはどんどん先へ行き、あっという間に見えなくなる。

登り坂が現れると、オメガは段々スピードダウンしていった。そして結局、後ろから来たエイジに抜かされることになる。エイジの姿だけは見失ってはいけない、と思って、オメガは一生懸命自転車をこいだ。しかし、とうとうエイジを見失ってしまう。

オメガはこの三日間で孤独には慣れていたのだが、ここは今までと違って車も誰も通らない。この寂しさと孤独に、オメガは耐えられるのだろうか。

三国峠に、今新たな伝説が生まれようとしている・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

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