五日目の朝が来た。
「ピーピッ、ピーピッ。」
オメガの時計が鳴る。クマちゃんが起きた。オメガも起きる。
「ねえ、体がずいぶん下の方に来てないか。」
「そうなんだよ。寝てる時にズルズル下の方に下がってくんだよ。」
このテントを張った所は、わずかに斜面になっていた。そのため、寝ていると重力の関係によって体が下の方に下がっていくのだ。結局、三人は四日目も安眠できずに終わった。
「そうだ、新しいギャグを考えついた。」
しばらくしてクマちゃんが言った。
「TMネットワークの『ダイビング・トゥ・ユア・ボディ』に対抗して・・・・・・・『ダ○ベン・トゥ・ユア・ボディ』!。」
朝の軽いギャグが終わる。
さて、寝起きの悪いエイジもやっと起き、三人は河原に出た。昨夜のダークネスとは対照的に、まばゆい太陽が照りつける。まさに日光の刺激、サンライト・スティミュラス!。
三人はすぐに朝食の用意を始めた。今日のメニューは、お茶漬け。泣いても笑っても怒っても死んでも、これが最後の朝食だった。
「記念に写真撮ろう。」
クマちゃんの提案で、三人は最後の朝食の風景を写真に撮る。
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☆先月、友人と旅行に行ったときの写真です。真ん中の友人の右の足の辺りに、人の顔のようなものが写っているのですが・・・・。 [鑑定]これは単なるお茶漬けの湯気です。心霊写真ではありません。写真は持っていて結構です。 |
その後、川で食器を洗った三人は、いよいよ出発の準備を始める。オメガは先に、自分の荷物を自転車の方へ持っていった。
「今日で終わりか・・・・・。」
荷物を片付けながらオメガはつぶやく。思えば、第一日目は、
「なんだよー、ただ疲れるだけじゃねぇかー。」
などと秘かに思っていたのに、最後の日になって、こんなに楽しかったことに気付くとは・・・・・。
オメガは受験勉強を中断しても旅を選んだ自分が、正しかったと思った。世間の人々は皆、
「オマエハ受験ニ負ケタ。」
と言うかもしれない。しかし、オメガはそうは思わなかった。むしろ、自分の意志に素直に従った自分が、勝ったような気がした。
オメガは河原へ戻っていった・・・・・・・。
河原に戻ったオメガは、クマちゃんたちがちゃっかり川の中を渡って、向こう岸で遊んでいるのを発見した。
「あっ、何やってんだよ。」
と言いつつ、オメガもクツを脱いで川の中に入る。
「ズゴオオオォー。」
意外と流れがきつい。進もうとして片足を上げると、体が流されそうになる。さらに足の下は尖った石が多くて痛い。
「ヌオオォーーッ!。」
オメガはそれでも耐えながら川を渡った。
「フーッ、やっと着いた・・・・。」
苦労して渡ってきたオメガに、クマちゃんが言う。
「じゃあ、戻りますか。」
「・・・・・・・・・。」
オメガは何も言えなかった。
その後、また元の場所に戻ってくると、三人はテントをたたみ始める。が、その時だった。
「ちょっと待った!。」
クマちゃんが叫ぶ。
「なっ、いったいどうしたと言うんだ!。」
エイジが驚く。一瞬、時が止まった。と、テントの中から奇妙な音がするのに三人は気付いた。
「ブーン、ブーン。」
クマちゃんが言う。
「この中に・・・・・この中に何かがいる!。」
三人は得体の知れない恐怖に襲われた。オメガが言う。
「誰かがテントの中に入らなければなるまい。」
それが失敗だった。
「じゃあオマエが行け。」
「そうですよ、オメガ行って下さいよ。」
結局、オメガが入る事になった。
中に入ると、たくさんの虫が飛び交っている。その虫こそ、三人の強敵『ハチトンボ』だった。
『ハチトンボ』------学名「ドラゴンフライビー」。夜は活動せず、朝になるとその威力を発揮し、主に河原に出現。そのうっとおしい羽音によって、テント客たちを苦しめる。生息地は秩父の河原付近。現在は天然記念物となっている(ウソ)
オメガたちは、朝からこの虫に悩まされていたのだった。
食事の時もブンブン三人のまわりを飛び交い、オメガが得意のヌンチャクで、一匹を再起不能にしたにも関わらず、こうして今、新たな抵抗を示そうとしているのだ。
「貴様ら、死にたいらしいな。」
オメガはそう言って、クマちゃんから受け取ったテント袋を取り出した。いくら憎たらしいと言っても、自然の生き物を殺すことはできない。そこで、この虫たちを一匹ずつ袋に入れて、追い出すことにしたのだ。
「オリャッ。」
オメガは必死にハチトンボを追いつめる。が、あと一歩のところで逃げられてしまう。おまけに、テントの中はむし暑い。さすがのオメガも気を失いかけた。
と、その時だった。
「ここは私に任せてもらおう。」
クマちゃんの登場である。クマちゃんはテントの中に入ってくると、オメガから袋を受け取り、巧みな技でハチトンボを捕らえていく。
「すごい。さすがは『全国ハチ取り選手権大会2位』の実力をもつだけはあるぜ!。」
とエイジも絶賛した(ウソ)。
こうしてテント内は片づいたのだった。
三人がテントをたたみ終わった頃、ちょうど新たなテント客が河原に下りてきた。彼らは一列になってこちらに向かって来る。ここで、その異様な連中について簡単に説明しておこう。まず、先頭にスコップを持った変なオヤジ。通り道が出来ているのに、いちいちスコップで草をかき分けて現れる。その後ろに、ちょっと都会風の兄ちゃん。さりげなくカッコつけているが、この連中のせいでカッコ良さが半減している。さらに、小さな女の子が現れた。が、これもまた変わっていて、ケガをしているのか、顔の2分の1がガーゼで覆われていた。その他二人ほど河原に下りてきたが、どちらも異様な雰囲気を持っていた。
こういう変なヤツらを相手にするほど、三人は暇じゃなかった。
「行こうか。」
三人はたたんだテントを持って、自転車の方に戻っていく。
通り道を通って道路に出ると、三人はそこに一台のワゴン車が止まっているのを見つけた。おそらく、河原に下りていった家族たちのものだろう。
が、その時だった。そのワゴン車の中から、さらに二人の人間が現れたのである。一人は、さっきの家族のお母さんらしい人物。もう一人はその娘だった。
オメガはすぐに、その娘の方を見たが、
「こんな事をやっていてはいかん!。」
と思って、さりげなく通り過ぎた。しかし、この時クマちゃんは既に一目惚れしていた。
さて、オメガはもう荷物整理が終わっていたので、エイジたちが終わるまで、近くのトンネルで涼んでいた。
「ヒュー。」
涼しい風が体を通り抜ける。直射日光を遮るにはもってこいの場所だった。
しばらくして、クマちゃんがやって来た。ははあ、クマちゃんも暑くなったから来たんだな、とオメガが思っていると、突然クマちゃんが言う。
「いやあ、素朴ですよ。」
何が素朴なんだろう、と思っていると、クマちゃんが続ける。
「あの女の子と目が八回も合ってしまった。」
この時点で、オメガは大体の事態を把握した。
「もしかして・・・・・・・・あそこにいた女の子?。」
「そう、やっと見つけましたよ。」
やはりそうだった!オメガは甲府がいたから別に関係なかったが、それにしてもクマちゃんの執念はすごい。五日目にして、ついに理想の人を見つけてしまったようだ。オメガが言う。
「そう言えば、さっきハチがたくさんいたよなあ。あれは目が八回合うという事を意味してたんだよー。」
「おおー、そうだよー。」
どんどんその気になっていくクマちゃん。と、オメガが突然、大きな声で言った。
「なにーーっ!?クマちゃん住所知りたいーーっ!?。」
あわててクマちゃんが言う。
「ちょっと待ってよー。」
オメガの声はかなり大きかったため、女の子に聞こえたかもしれなかった。なんという無神経な男なのだろう、このオメガという男は・・・・・・・・・・。
しばらくして、二人は自転車の方に戻った。エイジはまだテントマットをたたんでいる。オメガはもう一度、さっきの女の子を見たいと思ったが、どこかへ行ってしまったらしい。と、クマちゃんが言う。
「車の中にいるよ。」
見てみると、確かにさっきの女の子が、車の中からこっちを見ている。必然的にオメガも目が合ってしまった。
「フッ、じっと見つめてりゃ、そのうち向こうから目をそらすだろ。」
そう思ってオメガは女の子をにらみつけていたが、なかなか目をそらさない。
「ま、まずい!クマちゃんのせっかくのチャンスを、ムダにしてはいかん!。」
そう思ったオメガはすぐに目をそらし、二度と彼女の方を向かなかった。
「オメガ、これ見てこれー!。」
しばらくしてクマちゃんが言った。何かと思って見てみると、近くにバス停の標識が立っている。
ほう、ここはバス停だったのか、と思ってさらによく見ると・・・・・・・なんと!標識に『出合』と書いてあるではないか。おそらくクマちゃんはこの『出合』と『出合い(出会い)』を掛けたのだろう。クマちゃんの出合いは、さらに劇的なものとなった。
しかし・・・・・・出合いと別れは隣り合わせ。三人はもう出発しなければならない。
クマちゃんは自転車に乗ると、もう一度彼女の方を見た。
「さようなら・・・・・・・・。」
思い出を心の中にしまって、クマちゃんは言う。
「じゃ、行きますか。」
最後の朝の悲しい別れだった・・・・・・・・・・。