店を出発してからすぐに、衝撃的な出来事があった。三人が自転車に乗って進んでいくと、突然左手に、「氷」の旗のある店が現れたのだ。
「ガーン!。」
オメガは嘆き悲しむ。クマちゃんが、
「どうする?」
と聞いたが、もう食べる気はしなかった。
さて、それから再びオメガは遅れたが、一応前の二人が見える位置にはいた。
しばらく行くと、前方で車が混雑しているのが見える。
「こりゃ、歩道を走った方がいいな。」
そう思ったオメガは、途中から歩道に入った。運のいいことに歩道を歩いている人がいなかったので、オメガはスムーズに進むことができた。
ふと横を見ると、車に囲まれてエイジがストップしているのが見える。
「ハハッ、はまったな。」
オメガは気付くかなあ、と思ってエイジの方をずっと見ていたが、全く気付く様子がないので仕方なく先に進んだ。そして、やがてクマちゃんと合流した。
「あれ、エイジは?。」
「えっ、来てないの?。」
オメガはわざとらしく言う。しばらくして、うわさのエイジがやって来た。
「あれっ、エイジどこにいたの?。」
またもやオメガが言う。
「クソーッ、車に囲まれた。オメガが歩道を通ってくの見えたぜ。」
「エッ、ほんと?気がつかなかった。」
そう言いつつオメガは心の中で、
『バーカ、知ってたよ。』
とあざ笑っていたのだった。
それから三人は飯能の町に入った。立ち並ぶ商店街を抜けていくと、見知らぬ駅に突き当たる。
「いけね、まちがえちゃった。」
Uターンして横道に入る。すぐに広い道に出た。三人はその後、ひたすら直進を続ける。珍しく、オメガはクマちゃんの次を走っていた。なぜか体力が少しずつ復活してきたような気がしたからだった。
しばらくすると、
「ちょっと待って。」
と言ってクマちゃんが止まった。道が二つに分かれているからだ。オメガは嫌なところで止まったなあ、と思った。なぜなら、右に続く道は、遠くの方で壁のような登り坂が待ちかまえているからだ。
地図を見ていたクマちゃんが、顔を上げた。
「ゲッ、右だ!。」
「ガーーーーン!。」
まさに破壊的な衝撃、ディストラクティブ・ショック!
が、仕方なく三人は右の道へ進む。
「エイジ、先行っていいぜ。」
オメガは何気なくエイジを先に行かせた。そして、いよいよ登り坂にさしかかる。
「クソッ、今まで調子良かったのに・・・・・やはり、この技を使わねばならん!。」
オメガは精神を集中した。
「甲府パワー1!。」
とたんにすさまじい根性が引き出され、オメガは一気に坂を登る。
「ハーッ、ハーッ・・・・・・フッ、終わった・・・・・・。」
そう思ったのも束の間だった。前方に、なんとまたもや急な登り坂が現れたのだ。
「クッ・・・・・・ならば・・・・・・・。」
オメガは意識を体の隅々まで張りめぐらす。
「甲府パワー・・・・2!!。」
体中の限界能力が均等に分配され、すさまじい爆発力を生み出した。そして一気に坂を登る。
オメガは目の前に、ブドウを持った女の人を見た気がした。
「終わった・・・・・何もかも・・・・・・・。」
そう思って前方を見たオメガは・・・・・・もしオメガに命が二つあったなら、一方の命は余裕で死んでしまっただろう・・・・・・信じられない光景を見た。またもや登り坂が現れたのだ!この坂が最後であるのはわかったし、今までのより短いのもわかった。しかし、甲府パワー1と2を使ってしまったオメガには、これを登りきる力はない。エイジとクマちゃんが必死に坂を登っているのが見える。
「さらば友よ・・・・・・楽しかったぜ・・・・・。」
オメガは自分の死を予感した。だが・・・・次の瞬間、とてつもない考えがオメガの脳裏に浮かんだ。
「待てよ・・・・・どうせ死ぬなら、せめて・・・・・・前から一度試してみたかったこの技を・・・・・。」
オメガは血液の流れを一時的に止め、瞑想状態に入った。しばらくしてオメガの目が開く。
「こ、甲府パワーーー・・・・・・3!!!。」
ついに・・・ついに甲府パワー3が生まれた。この技は体の中に眠っている潜在能力を呼び覚まし、一気に放出する技である。2と違う点は、2は肉体の限界に達するのに対し、3は精神の限界に達することである。ちなみに、この甲府パワー3になると、女の人の姿は浮かばず、目の前の道だけが唯一の景色となるのだ。
「グオオーーアァーーッ。」
甲府パワー3を使ったオメガの苦痛はすさまじいものだった。並の人間ならおそらく死んでしまっただろうが、オメガはなんとか坂を登ることができた。
「あーーあっ。」
前方に坂のないことを確認してから、オメガはやっと体の力を抜いたのだった。
三人は立川に行く途中、最後のドリンク・タイムをとった。小さな店でジュースとパンを買うと、三人は外のベンチに座ってそれらを食べ始める。甲府パワー三連ちゃんがきいて、オメガは話す気力がなかった。
ふと横を見ると今日発売の少年キジャンプが置いてある。オメガはお気に入りのマンガが何番目にあるか確認し、家に帰ったら絶対読もうと決心したのだった。
さて、その後三人は府中に行くことになったが、途中で家に電話をかけた。時刻は七時頃だったので、帰りは十一時頃になりそうだと告げる。
そして府中に着いた。ここは第一日目に初めて休憩をとった所だ。
「あの時は確か、コンビニエンス・ストアが開いてなかったんだよなあ。」
そんな話になって、三人は結局もう一度、一日目と同じ場所で休憩をとることにした。
例のコンビニエンス・ストアに行くと、今回は開いていたので、三人はそこでジュースを買う。場違いな格好も気にはならなかった。
再び府中の公園に戻ってくると、空の色以外は何も変わっていない。三人は一日目と同じベンチに座ると、今までの旅を思い返した。
「いやあ、やっぱり素朴ですよ。」
「ハハッ、学校行ったら何かありそうだな。」
「そういやぁ、あん時超つらかったなー。」
星を見ながら三人は語り合う。なにを勘違いしたのか、
「こらーっ、何いちゃついてんだぁー!。」
という声が、近くを通る車の中から聞こえた。
「アホかっ、男三人だっつーの!。」
と言ったものの、三人は一瞬むなしくなった。まあそれはいいとして、とにかく今後もこの経験を生かしてがんばろう、という事で三人は話を終える。
その後、三人は多摩川に沿って走っていく。
「こんな時、花火でもやってたらなあ。」
と言ってる矢先、遠くの方で光るものが目に入った。もっと近づいていくと、かすかに、
「ヒューーーーーッ、パパン、パン!。」
という音がする。
「花火だ!。」
三人は少し速度を上げて近づいていった。道の両側にたくさんの人々が集まり、花火を見つめている。その期待に応じて、花火も空に上がっては華やかに散っていく。
オメガはこの時、何か熱いものが込み上げてくるような気がした。まるで自分たちの凱旋を祝うかのように、様々な姿で歓迎してくれる花火。
そして、道の両側に立って、三人が通るために道をあけてくれる人々。その全てが、自分たちの帰還を祝福してくれるような気がした。
自転車を止めて花火を終わりまで見た三人は、再びサイクリング・ロードを進んでいく。クマちゃん、オメガ、エイジ、の順で走っていたが、途中でクマちゃんが、変なおじさんの挑発にのって先に行ってしまい、エイジもなぜか後方に消えて、オメガは孤立状態になった。自転車のライトが壊れていたので、心眼で闇夜を進んでいく。
しばらくして道がわからなくなってしまったオメガは、エイジを待つ事にした。五分程してエイジがやって来たので、二人はクマちゃんを探しつつ道を進む。
クマちゃんとの合流は非常に困難なものだった。途中でサイクリング・ロードがなくなり、クマちゃんがどの道を行ったのかわからず、エイジを頼りに進んでいく。クマちゃんと会えたのは、奇跡としか思えなかった(少なくともオメガは)。
「もうすぐ二子玉川だよ。」
クマちゃんがそう言うと、
「なんか腹が減ったなあ。」
とオメガが言い出した。時刻は九時をまわっていた。
「それじゃあ、どこかでラーメンでも食おうか。」
という事になり、三人は二子玉川に着くと、ラーメン屋を探す。そして適当な店を見つけると三人は中に入り、そこでラーメンやらミソラーメンやらを食べた。東京は暑かったので、三人は水を何杯も飲む。
ラーメンを食っている最中、いきなり電気が消えたのには驚いた。もしかしたら閉店では、と半分しか食べてないオメガはアセったが、ただの停電だと知って安心した。
そして・・・・・・ついに別れの時が来た。
ラーメン屋を出た三人は、自転車の荷物を整理していた。
用意の整った三人はラーメン屋の前で話し合う。
「クマちゃん、オレ渋谷の方から帰ってもいいかな。」
エイジがまず言った。クマちゃんは本当はもう少し一緒に行きたかったようだが、やむなく承知する。オメガはクマちゃんに同行することにした。
しばらく沈黙が続く・・・・・・・
「それじゃあ。」
エイジは自転車に乗った。
「オメガ!・・・・夏期講習・・・・・がんばれよ!。」
まじめくさい事を言う時、エイジの言葉はよく文節で区切れる。
「ヘヘッ、お前も明日のテストがんばれよ!。」
オメガも照れくさそうに答えた。この二人の会話には、偽りでない、真の友情が隠されていたのかもしれない。
信号が青になった。
エイジは走り出す。
「さらばだ・・・・・・・。」
ここでついに・・・・・五日間、絶え間ない笑いを提供してくれ、また三人が生きていくために欠かせなかった男エイジが、クマちゃんとオメガを残し去っていったのだ・・・・・・・。
さらばエイジ・・・・・君はもう一人の主人公だったのかもしれない・・・・・・・。