「シャカシャカシャカ・・・。」
暗闇のサイクリング・ロードを、クマちゃんとオメガは進んでいた。二人ともライトがなかったため、急にジャリ道に入ったりすると不安になる。しばらくしてクマちゃんが言った。
「どうするオメガ?オレ、小さいライトならあるけど電池を入れればなんとか・・・・・・。」
辺りはますます暗くなり、通行人も近くに来るまでわからなくなってきている。
「そんじゃあ、つけてよ。」
オメガはそう言うと、自転車を止めた。クマちゃんも自転車を止めると、バッグの中からライトを取り出し、つける作業を始める。
近くの公園では、さっきの花火に影響されたのか、ある家族がロケット花火などの小規模な花火を行っていた。オメガは背中の荷物を降ろすと、しばらくそれを眺める。
十分程してクマちゃんが言う。
「ダメだ。なんか、つけない方がマシみたいだ。」
そう、ライトはついたのだが、全然明るくないのだ。
結局、ライトは無視して先へ進む事にした。二人は自転車に乗ると、再び走り始める。この時、オメガは背中が軽くなった事に、気がついていなかった・・・・・・・・・・。
夜のサイクリング・ロードは、早朝とは異なった趣があった。涼しい風が体をよぎる。向こう岸の工場の光がきらめいて、とてもきれいだ。
オメガはもう疲れを忘れていた。家に近づけば復活するという、クマちゃんの言葉は本当だったのだ。旅の疲れを忘れ、二人は話しながら道を行く。
「ああ、なんだかとっても楽な気分だ・・・・・。」
オメガが言う。それもそのはず、背中の荷物がないのだから・・・・・。
その後、クマちゃんの提案で、二人は環七への近道を行くことになる。しかし、計算違いでわけのわからぬ所へ出てしまい、かえって遠回りの道になってしまった。
「まあ、いいや。このまま行けば環七に出るでしょう。」
クマちゃんの言葉を聞いて、オメガは家に帰れる事を実感した。が、その前に、出発点でもあった環七と第二京浜の交わる場所で、クマちゃんから預かった荷物を返さなければならない。
「えーと、まず着いたら、前のバッグからクマちゃんの食事道具を出してー・・・・。」
オメガはやるべき事を順に考えていった。
「そんで次に、背中の荷物から・・・・・・・・・・・・・背中?・・・・・・・・・・・・・・。」
この時オメガはのんきに走っているクマちゃんに、何と言っていいかわからなかった。
「クマちゃん、実は重大な発表がある・・・・・・。」
オメガはまず、そう切り出した。
「超、信じられない事が起こった!。」
「え?なに?。」
クマちゃんが素朴に振り返る。
「・・・・オレの・・・・背中の荷物が・・・・・・ない!。」
ガーーーーン!・・・・・・まさに強烈な損害!インテンス・ダメージ!
「ウ・・・ウソだ・・・・ウソだ・・・・ウソだぁー!。」
クマちゃんの驚きは大きかった。
「・・・・・・まあ、明日にでも取りに行けばいっか。」
オメガはなんとか安心させようとしたが、逆効果だった。
「それって・・・・もしかして私の道具が入ってるやつ?・・・・・。」
「う・・・うん。」
「まずいよ・・・・兄キに借りた道具だから、今日中に返さないと・・・・・。」
「それじゃあ今から・・・・。」
「取りに行くしかないでしょう。」
オメガはこの時ほど、自分をバカだと思った事はなかった。だが、クマちゃんは結構気楽に考えていたようだ。
「今日は大した事がなかったから、これで探険記に書くものが出来たじゃん。」
本心はどうだったのか・・・・・・・オメガは知らない。
二人はとにかく荷物を取り戻しに行ったのだった。
「本当に申し訳ない・・・・ああ、オレはなんてバカなんだー!。」
そんな言葉を繰り返しながらオメガは道を急ぐ。変な道を来てしまったため、二人がサイクリング・ロードに戻るのは困難だった。いろいろ走り回っているうちに、二人は下丸子の駅に出る。
「下丸子か、なら多摩川はすぐじゃん。」
二人はさらに先へ進む。が、なかなかサイクリング・ロードに出ない。
「おかしい。」
クマちゃんが言う。
「下丸子で、こんなに迷うはずはない!。」
二人は少し不安になった。
その後、なんとかサイクリング・ロードに出た二人はあまりの意外さに驚いた。
「ゲッ、こんな下流まで来ていたのか!?。」
そう、いつの間にか、荷物を置いてきた所とは遙かに離れている、多摩川の下流に来てしまっていたのだ!
「下丸子の怪!。」
この言葉が、おそらく二人の頭に浮かんだにちがいない。
「家に帰ったら、地図を見てもう一度検討しよう。」
クマちゃんはそう言って、再び自転車をこぎ出す。
二人はもうヤケくそになって、ゆっくりと風に吹かれて進んでいく。
結局、この出来事によって、二人は一時間ほど損をしたのだった。
荷物を見つけた後、二人は来た道を戻っていく。
「クマちゃん申し訳ない。ジュースでもおごらせてくれ。」
とオメガが言うので、二人は今度こそ最後のジュース・タイムをとる事にする。
「さっきは近道しようとして失敗したから、今度は安全な道を行こう。」
クマちゃんはそう言うと、さっきとは違う道に入っていく。
しばらくすると自動販売機があったので、オメガは約束通り、クマちゃんに百円を渡した。
「よし、最後の勝負だ!。」
クマちゃんはダイドーのグレープフルーツを買う事にした。今までに何度も三人の期待を裏切ってきたダイドー。ボタンを押すクマちゃんの指にも力が入る。
「ピッ!・・・・・・ピピピピピピピピピピ・・・・・ピ!。」
一瞬全てのランプがついて、何かが起こりそうな気配がした。
「おおーーっ。」
二人は喜びまくる。しかし・・・・・結局は何も起こらなかった。
「なんだよー、期待させやがって。」
その後、オメガもダイドーのハチミツレモンを買ったが、見事に敗れさった。
「結局、最後まで当たらなかったか・・・・。」
二人はダイドーの自動販売機に奇妙な友情を感じた。
さて、ジュースを飲み終わると、二人は自転車に乗り再び走り出す。
そして、ついに環七と第二京浜の交わるところにやって来た・・・・・・。
「いよいよだな。」
「そうだね。」
荷物の入れ替えが終わり、二人はしばらくそこにたたずんでいた。
短かったような、長かったような・・・・・・・・
様々な思い出が、二人の頭に現れては消えていく。
「本当に、クマちゃんには世話になったよ。」
「いやいや。」
今回の旅で、オメガはクマちゃんという人間を深く知ることができた。クマちゃんがいなければ、この旅はなかっただろう。クマちゃんがいなければ、道に迷っただろう。いわば、クマちゃんは隊長のような存在だったのだ。
その隊長とも、いよいよ別れる時が来た。
「それじゃあ、また学校で。」
「ほんじゃあ、気をつけて。」
オメガは五反田に向かって走り出した。後ろを見ると、クマちゃんが手を振っている。
さらばクマちゃん・・・・・・君は真の主人公だったのかもしれない・・・・・・・・・・・。
五反田に向かうにつれて、オメガの自転車の速度はますます速くなっていった。
「もうすぐオレの家だ・・・・・。」
それしかオメガの頭の中にはない。
『五反田まで4キロ』
『五反田まで3キロ』
道の表示が見える度に、自分の家への接近を実感するオメガ。そして、
『五反田まで2キロ』
の表示が見える。
「あと少しだ!。」
力をふりしぼって自転車をこぐオメガ。なぜか最後の1キロは長かったような気がしたが、そんな事はどうでもいい、ついに五反田にたどり着く。
「ここからが問題だな・・・・・。」
五反田からオメガの家までは、ゆるやかだが登り坂が続いている。オメガは考えた。
「甲府パワー1、2は使えない。3も今の状態では不可能。となれば、必然的に・・・・・・・・やってみる価値はある!。」
オメガは意識を地面に集中し、徐々にそれを掘り下げていった。地表からマントルへ。そして地球の核へーーーーーー。
「甲府パワー・・・4!!!!。」
とたんに、オメガ自身の力とは思えない爆発的な力が、オメガの足を動かす。これはもう、人間の潜在能力を超えていた。
そう、これは大地、すなわち地球の力だった。
この甲府パワー4は、人間の力を越えた、地球の力を利用するものだったのだ。この時、女の人の姿はもちろん、周りの景色さえも見えなくなる。
気がついた時、オメガは坂の上にいた。
「フーッ、こりゃ二、三日は自転車に乗れないな。」
オメガはそうつぶやくと、ゆっくり自分の家の方に走っていく。時刻は一時になろうとしていた。
「エイジはもう家で寝てるかな。」
そんな事を考えているうちに、やっと家にたどり着く。
霧の中をかき分けて、ああ行ってこう行って・・・・・・・ついに自分の家のドアの前にやって来た。
「ドアを開けたら、みんな死んでいた・・・・なんて事はないだろうな?。」
縁起でもない事を平気で考えながら、オメガはドアを開ける。
明るい家の中から、まっ先に忍犬キリカゼ(通称ゴロ)が飛び出してきた。
「ヘヘッ、帰ってきたぜ!。」
高校最後の夏の
長い旅が終わった・・・・・・・・・・
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