第十七章 遙かな家路 

 

「シャカシャカシャカ・・・。」

暗闇のサイクリング・ロードを、クマちゃんとオメガは進んでいた。二人ともライトがなかったため、急にジャリ道に入ったりすると不安になる。しばらくしてクマちゃんが言った。

「どうするオメガ?オレ、小さいライトならあるけど電池を入れればなんとか・・・・・・。」

辺りはますます暗くなり、通行人も近くに来るまでわからなくなってきている。

「そんじゃあ、つけてよ。」

オメガはそう言うと、自転車を止めた。クマちゃんも自転車を止めると、バッグの中からライトを取り出し、つける作業を始める。

近くの公園では、さっきの花火に影響されたのか、ある家族がロケット花火などの小規模な花火を行っていた。オメガは背中の荷物を降ろすと、しばらくそれを眺める。

十分程してクマちゃんが言う。

「ダメだ。なんか、つけない方がマシみたいだ。」

そう、ライトはついたのだが、全然明るくないのだ。

結局、ライトは無視して先へ進む事にした。二人は自転車に乗ると、再び走り始める。この時、オメガは背中が軽くなった事に、気がついていなかった・・・・・・・・・・。

夜のサイクリング・ロードは、早朝とは異なった趣があった。涼しい風が体をよぎる。向こう岸の工場の光がきらめいて、とてもきれいだ。

オメガはもう疲れを忘れていた。家に近づけば復活するという、クマちゃんの言葉は本当だったのだ。旅の疲れを忘れ、二人は話しながら道を行く。

「ああ、なんだかとっても楽な気分だ・・・・・。」

オメガが言う。それもそのはず、背中の荷物がないのだから・・・・・。

その後、クマちゃんの提案で、二人は環七への近道を行くことになる。しかし、計算違いでわけのわからぬ所へ出てしまい、かえって遠回りの道になってしまった。

「まあ、いいや。このまま行けば環七に出るでしょう。」

クマちゃんの言葉を聞いて、オメガは家に帰れる事を実感した。が、その前に、出発点でもあった環七と第二京浜の交わる場所で、クマちゃんから預かった荷物を返さなければならない。

「えーと、まず着いたら、前のバッグからクマちゃんの食事道具を出してー・・・・。」

オメガはやるべき事を順に考えていった。

「そんで次に、背中の荷物から・・・・・・・・・・・・・背中?・・・・・・・・・・・・・・。」

この時オメガはのんきに走っているクマちゃんに、何と言っていいかわからなかった。

「クマちゃん、実は重大な発表がある・・・・・・。」

オメガはまず、そう切り出した。

「超、信じられない事が起こった!。」

「え?なに?。」

クマちゃんが素朴に振り返る。

「・・・・オレの・・・・背中の荷物が・・・・・・ない。」

ガーーーーン・・・・・・まさに強烈な損害インテンス・ダメージ

「ウ・・・ウソだ・・・・ウソだ・・・・ウソだぁー!。」

クマちゃんの驚きは大きかった。

「・・・・・・まあ、明日にでも取りに行けばいっか。」

オメガはなんとか安心させようとしたが、逆効果だった。

「それって・・・・もしかして私の道具が入ってるやつ?・・・・・。」

「う・・・うん。」

「まずいよ・・・・兄キに借りた道具だから、今日中に返さないと・・・・・。」

「それじゃあ今から・・・・。」

「取りに行くしかないでしょう。」

オメガはこの時ほど、自分をバカだと思った事はなかった。だが、クマちゃんは結構気楽に考えていたようだ。

「今日は大した事がなかったから、これで探険記に書くものが出来たじゃん。」

本心はどうだったのか・・・・・・・オメガは知らない。

二人はとにかく荷物を取り戻しに行ったのだった。

 

「本当に申し訳ない・・・・ああ、オレはなんてバカなんだー。」

そんな言葉を繰り返しながらオメガは道を急ぐ。変な道を来てしまったため、二人がサイクリング・ロードに戻るのは困難だった。いろいろ走り回っているうちに、二人は下丸子の駅に出る。

「下丸子か、なら多摩川はすぐじゃん。」

二人はさらに先へ進む。が、なかなかサイクリング・ロードに出ない。

「おかしい。」

クマちゃんが言う。

「下丸子で、こんなに迷うはずはない。」

二人は少し不安になった。

その後、なんとかサイクリング・ロードに出た二人はあまりの意外さに驚いた。

「ゲッ、こんな下流まで来ていたのか!?。」

そう、いつの間にか、荷物を置いてきた所とは遙かに離れている、多摩川の下流に来てしまっていたのだ

「下丸子の怪。」

この言葉が、おそらく二人の頭に浮かんだにちがいない。

「家に帰ったら、地図を見てもう一度検討しよう。」

クマちゃんはそう言って、再び自転車をこぎ出す。

二人はもうヤケくそになって、ゆっくりと風に吹かれて進んでいく。

結局、この出来事によって、二人は一時間ほど損をしたのだった。

 

荷物を見つけた後、二人は来た道を戻っていく。

「クマちゃん申し訳ない。ジュースでもおごらせてくれ。」

とオメガが言うので、二人は今度こそ最後のジュース・タイムをとる事にする。

「さっきは近道しようとして失敗したから、今度は安全な道を行こう。」

クマちゃんはそう言うと、さっきとは違う道に入っていく。

しばらくすると自動販売機があったので、オメガは約束通り、クマちゃんに百円を渡した。

「よし、最後の勝負だ!。」

クマちゃんはダイドーのグレープフルーツを買う事にした。今までに何度も三人の期待を裏切ってきたダイドー。ボタンを押すクマちゃんの指にも力が入る。

「ピッ!・・・・・・ピピピピピピピピピピ・・・・・ピ!。」

一瞬全てのランプがついて、何かが起こりそうな気配がした。

「おおーーっ。」

二人は喜びまくる。しかし・・・・・結局は何も起こらなかった。

「なんだよー、期待させやがって。」

その後、オメガもダイドーのハチミツレモンを買ったが、見事に敗れさった。

「結局、最後まで当たらなかったか・・・・。」

二人はダイドーの自動販売機に奇妙な友情を感じた。

さて、ジュースを飲み終わると、二人は自転車に乗り再び走り出す。

そして、ついに環七と第二京浜の交わるところにやって来た・・・・・・。

 

「いよいよだな。」

「そうだね。」

荷物の入れ替えが終わり、二人はしばらくそこにたたずんでいた。

短かったような、長かったような・・・・・・・・

様々な思い出が、二人の頭に現れては消えていく。

「本当に、クマちゃんには世話になったよ。」

「いやいや。」

今回の旅で、オメガはクマちゃんという人間を深く知ることができた。クマちゃんがいなければ、この旅はなかっただろう。クマちゃんがいなければ、道に迷っただろう。いわば、クマちゃんは隊長のような存在だったのだ。

その隊長とも、いよいよ別れる時が来た。

「それじゃあ、また学校で。」

「ほんじゃあ、気をつけて。」

オメガは五反田に向かって走り出した。後ろを見ると、クマちゃんが手を振っている。

さらばクマちゃん・・・・・・君は真の主人公だったのかもしれない・・・・・・・・・・・。

 

五反田に向かうにつれて、オメガの自転車の速度はますます速くなっていった。

「もうすぐオレの家だ・・・・・。」

それしかオメガの頭の中にはない。

『五反田まで4キロ』

『五反田まで3キロ』

道の表示が見える度に、自分の家への接近を実感するオメガ。そして、

『五反田まで2キロ』

の表示が見える。

「あと少しだ。」

力をふりしぼって自転車をこぐオメガ。なぜか最後の1キロは長かったような気がしたが、そんな事はどうでもいい、ついに五反田にたどり着く。

「ここからが問題だな・・・・・。」

五反田からオメガの家までは、ゆるやかだが登り坂が続いている。オメガは考えた。

「甲府パワー1、2は使えない。3も今の状態では不可能。となれば、必然的に・・・・・・・・やってみる価値はある。」

オメガは意識を地面に集中し、徐々にそれを掘り下げていった。地表からマントルへ。そして地球の核へーーーーーー。

「甲府パワー・・・4!!!!。」

とたんに、オメガ自身の力とは思えない爆発的な力が、オメガの足を動かす。これはもう、人間の潜在能力を超えていた。

そう、これは大地、すなわち地球の力だった。

この甲府パワー4は、人間の力を越えた、地球の力を利用するものだったのだ。この時、女の人の姿はもちろん、周りの景色さえも見えなくなる。

気がついた時、オメガは坂の上にいた。

「フーッ、こりゃ二、三日は自転車に乗れないな。」

オメガはそうつぶやくと、ゆっくり自分の家の方に走っていく。時刻は一時になろうとしていた。

「エイジはもう家で寝てるかな。」

そんな事を考えているうちに、やっと家にたどり着く。

霧の中をかき分けて、ああ行ってこう行って・・・・・・・ついに自分の家のドアの前にやって来た。

「ドアを開けたら、みんな死んでいた・・・・なんて事はないだろうな?。」

縁起でもない事を平気で考えながら、オメガはドアを開ける。

明るい家の中から、まっ先に忍犬キリカゼ(通称ゴロ)が飛び出してきた。

「ヘヘッ、帰ってきたぜ。」

 

 

        高校最後の夏の

             長い旅が終わった・・・・・・・・・・

 

 

自転車旅行記

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