第二章 第一の犠牲者 

 

ゆるい登り坂が長々と続いていた。いつの間にか、エイジ・クマちゃん・オメガという順番が決まっている。やはり思った通り、エイジが先頭に出ていた。

最後方を走っていたオメガは、前方の二人の姿が次第に遠くなっていくのが不安だった。なんとかクマちゃんだけにでも、と思いながら自転車をこぐのだが、足が言うことを聞かない。

「まったく、先が思いやられるぜ。」

そうつぶやいて、とにかく完走しようと努力した。

しばらく行くと、うれしいことにエイジとクマちゃんが待っていてくれた。というより、ただ休んでいただけなのかもしれない。

「疲れるねー。」

クマちゃんが言う。エイジも少し疲れた顔をしていた。

「あとどのくらい?。」 オメガがそう聞くと、クマちゃんは言った。

「まだ結構あるんじゃないかなあ。」

またもや逆効果の返事を浴びせられたオメガ。

だがその時、エイジがこんなことを言いだした。

「オレ・・・・・・・歩いて行くわ。」

ナーイス!とオメガは思った。しかし、これも素直に受け入れてはまずい。

「オレ、どうしよっかなあ。」

とか言いつつ、結局歩くことにした。

元気のいいクマちゃんは、そのまま自転車で坂を登っていく。残った二人は歩いて坂を登っていった。

自転車を押して歩いているうちに、ふとオメガの心に邪悪な考えが浮かんだ。エイジと対等の条件になったからであろうか。オメガの口からこんな言葉が出た。

「エイジ、オレ行けるところまで乗っていくよ。」

もしこの時、エイジが「オレも」と言ったら、この作戦は失敗だったのだが、エイジは

「うん。」

と言ったきりだったので、オメガは再び自転車に乗った。勝った!とオメガは思った。が、すぐに後悔した。足が動かなくなってきたのだ。あのように言っておきながら、100メートルほどしか進めないとは、いくらオメガでも恥を感じざるを得まい。オメガは再び根性で登っていく。だが肉体と精神は別もの。徐々に限界が近づく。もうプライドなどどうでもいい。オレは体の方が大切だ、そう思ってオメガが自転車を降りようとした時だった。突然、視界が開けた。

「なっ、もしや!!。」

そう、下り坂である。とたんにオメガは活気を取り戻した。

「オリャーッ。」

オメガはブレーキもかけずに坂を下っていく、すさまじいスピードだ。風が体を通り抜け、今までの暑さをすべて涼しさに変えてくれた。この感動は、峠を登ってきた者にしかわからないだろう、とオメガは思った。

途中、前方でバイクが走っているのを見た。

「よーし、抜かしてやる!。」

と意気込んでみたものの、いくらなんでもそれは無理だった。しかし、その後もすさまじいスピードで坂を下り、オメガは見事に峠を越すことができたのである。

 

下り坂が終わる辺りに一軒の店があり、そこにクマちゃんが待機していた。

「あー、気持ちよかった。」

オメガは自転車から降りると、クマちゃんに近づく。

「エイジは?。」 とクマちゃんに聞かれ、オメガは

「ああ、もうすぐ来るんじゃない。オレの後ろにいたから。」

と答えた。裏切ったくせに偉そうなことを言うこの男。二人はしばらくエイジを待っていた。が、クマちゃんが、

「ダメだ、もう待てん。アイスを食おう。」

と言うので、二人は店に入ってドリンクやアイスを買う。

10分位してエイジがやって来た。

「どっか、途中で止まったのかと思ったよ。」

自転車を降りると店で飲み物を買って、エイジもすぐに仲間入りをした。

「ここって相模湖だよね。」

「そうだよ。」

峠を越え、ほっとした三人の会話がはずむ。

だが、この後最初の犠牲者が現れるとは、思ってもいなかったに違いない。

 

十分な休みをとった三人は、再び自転車に乗った。

「じゃ、行きますか。」

いつものごとく、クマちゃんの合図とともに三人は走り始める。

まず、ゆるい坂を登り、続いてゆるい坂を下る。そして次にやや急な坂が現れた。急ではあったが短いので、すばやく登る三人。息を切らし、三人がその坂を登り切ると、目の前に信号があった。

「ピッ。」

信号が赤に変わる。仕方なく三人は止まった。

と、その時だった。

「いてて・・・・・。」

突然クマちゃんが左足のひざの辺りを押さえだしたのである。

「どうしたんだクマちゃん!?。」

「つっちゃった・・・・・・。」

クマちゃんがよく足をつるとは聞いていたが、こんなに早くつってしまうとは・・・・。

このときエイジが一番気が利いていた。自分の自転車を止めると、すぐに休める場所を探しに行く。エイジがまともなことをしているので、オメガも、

「何かしなくては・・・・。」

という気持ちになった。そこで陸上部の経験を生かして何とか治そうと思ったのだが、よく考えてみると、つったのを治す方法など聞いたことがない。結局、

「足をつっちゃうと、どうにもならないんだよなあ。」

と意味のないことを言うだけだった。

しばらくしてエイジが戻ってきた。

「あっちにベンチがあるから、そこで休もう。」

とりあえず、そのベンチで休むことにする。

「クソー、こんなに早くつるとは・・・・。」

とクマちゃんは悔しがった。

ベンチに座った三人は、しばらく黙ったままだった。気を紛らわそうと明るい話題を持ち出しても、かえってぎこちなくらるだけだからだ。

落ち込みムードの三人に、太陽の光が容赦なく照りつける・・・・。

しばらくしてクマちゃんが言った。

「時間がもったいないから、歩いてでも行きましょう。」

クマちゃんがそう言うのだから仕方がない。

「大丈夫なのか。」

オメガとエイジは心配だったが、このままでは確かに、テントを張る場所さえ見つけられずに日が暮れてしまう。二人はクマちゃんに注意を払いながら、先を急ぐことにした。

この後、三人は暑い中をかなり長い時間歩くことになる。単調な山道は、三人にとってまさに地獄だった。しかし、途中でクマちゃんが、下りなら乗っても大丈夫だというので、下りだけ自転車に乗り、ある程度進むことができた。

夕方になると、クマちゃんもほぼ回復したらしいということで、再び三人は自転車に乗る。それにしても、不安だけは互いに隠しきれなかったようで、しばらくは会話も途切れたままだった。

 

 

第三章

「消えたライダー」

自転車旅行記

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