澄んだ空気と気持ちのいい青空。快適な朝だった。時刻はまだ六時だったので、公園に訪れる人もない。
寝起きの悪いエイジはまだテントの中でゴロゴロしていたが、オメガとクマちゃんは敵に備えるため、朝の特訓を怠らなかった。
「デャーーッ!」
「ハーーッ!」
オメガのヌンチャクと、クマちゃんのサイクリング・スティック(空気入れ)がぶつかり合う。早起きの老人が一人公園にやって来て二人を見ていたが、恥ずかしいとは思わなかった。(少なくともオメガは)
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さて、そんな事をしていると、エイジがもやっとテントから出てきたので、三人はここで記念写真を撮ることにする。自分の自転車を前にして、一枚ずつ撮ったのだった。
その後、テントの片付けが始まった。このテントをたたむ作業は結構面倒なもので、空気を抜いたりゴミを取ったりと、いろいろなことをしなければならない。そんな時、今日の朝の軽いギャグをエイジがやった。いきなりテントマットを体に巻いて、
「テントマットマン!」
この時、オメガは呼吸が止まったような気がした。
出発の前に、三人は朝食のカロリーメイトを食べた。
「今日はクマちゃんの理想の人を探さなきゃね。」
オメガが言う。するとクマちゃんが答える。
「そうですよー。きっと野辺山で牛乳飲んでる人がいたら、その人だよ。」
さらにオメガが言う。
「そんでハゲの人だろう?。」
昨日からクマちゃんは、やたら「ハゲー」と口走っていたので、オメガに「ハゲが好きなんだろー」と言われていたのだった。
「ちょっと、それは待ってよー。」
クマちゃんが言う。結局、今日自転車で15キロ以上のスピードを出さなければ、ハゲは勘弁してあげるということに決まった。
とにかく、わけのわからないまま三人は公園を出た。行きに登ってきた坂も、今日は下り坂。「楽あれば苦ある」であった。
さあ、午前中はとにかく登り坂の嵐だった。朝一にとてつもない坂を登った三人は、その後もゆるい坂を次々と登っていく。
もちろんオメガはビリだった。楽に進もうと思ってギアーを一番軽くすると、チェーンが外れてしまい、まさに、地獄の自転車走行、ヘルズ・サイクリングだった。
三日目ということもあって疲労が早く、三人は一時間もしないうちにジュース・タイムをとる。この時は、三人ともダイドーのグレープを飲んだ。なぜ、こうもダイドーにこだわるのかと言うと、ただ単に当たり付きだったからだ。さらに、この二日間、三人の中で誰一人当たらないので、ムキになってダイドーを選んだのである。この時も三人はハズれた。
「ちょっとオレ、カロリーメイト買ってくるわ。」
エイジは店の中へ入っていった。しばらくして店の中から出てくると、エイジは言う。
「この先、弘法坂っていう超急な坂があるんだって。」
どうやら店の人に聞いたらしい。三人は大きな打撃をくらった。しかし、道は一つしかない。ここまで来たら行くしかない。
三人は再び自転車に乗って走り始めた。ゆるい坂が長々と続く。景色もあまり変わらず、おもしろくもなんともない。
オメガはいつ弘法坂が始まるのか、気になって仕方がなかった。ところが、しばらく行くと、突然下り坂が現れる。
「も、もしかして、オレはもう弘法坂を登り終わっていたのでは・・・・・・・。」
とんでもない勘違いだということが後にわかる。しかしオメガは進む。
「オリャーッ。」
いつものように、ブレーキをかけずに走っていくオメガ。が、急に下り坂が徐々に平らになって行くにつれて、オメガは恐怖を感じ始めた。案の定、下りがあっという間に終わる。
「ま・・・・まさか・・・・。」
そう。目の前に、これこそ本物の弘法坂が現れたのである。この時、珍しくオメガは思った。
「根性で登り切ってみせよう!。」
ただでさえ、エイジとクマちゃんに差をつけられている。ここで歩いていたら、二度と会えないかもしれない。
「甲府パワーだーー!。」
オメガはそう叫んで坂を登り始めた。この甲府パワーとは、甲府のあの女の人を頭に思い浮かべ、根性を引き出す技だった。これはただの自己暗示にすぎないのかもしれないが、効果があった。
ところが、しばらく行くと、なんとエイジが坂の中ほどで、自転車を降りて座り込んでいるではないか。オメガはためらわずに自転車を降りた。
「どうしたの?。」
オメガは聞く。
「腹が痛くなった。」
エイジが答える。
この坂道の片側は山に面していて、上から水が流れていた。その水を手足に注ぎながら、オメガはここでしばらく休もうと決める。
「この水、飲めるかな?。」
しばらくして、オメガがエイジに聞いた。
「ちょっと手ですくってみな。」
エイジがそう言うので、オメガは試しに手で水をすくってみた。
「小さな砂粒がいっぱい浮いてるだろ。」
なるほど、水はきれいだがあちこちに砂粒が混じっている。オメガは飲むのをやめた。
それにしても、クマちゃんはどこへ行ってしまったのだろうか・・・・・。オメガは聞いた。
「クマちゃんは?。」
エイジが言う。
「オレ、『クマちゃーん』って呼んだんだけど、先に行っちゃった。」
この言葉を聞いて、オメガはまたもや邪悪な考えに襲われた。こんな事を言いだしたのだ。
「エイジ、オレちょっと歩いて先に登ってるわ。」
この時もエイジは、
「ああ。」
と言っただけだったので、オメガは自転車を押して坂を登り始めた。
オメガは後ろを向かなかった。もし後ろを向いてエイジがすぐ近くに来ていたら、損をした気持ちになるからだ。
さて、しばらく歩いているうちに、やっと弘法坂が終わった。ふと横を見ると、『ラムネ』の旗のかかった店がある。
「ああ、ラムネ飲みたいな。」
そうオメガが思った時だった。
「おーい、オメガー。」
なんとクマちゃんが、その店のベンチに座っているではないか。
「エイジは?。」
自転車を降りたオメガに、クマちゃんが聞いた。
「ああ、もうすぐ来るよ。腹が痛いんだって。」
しばらくしてエイジがやって来た。ちょっと苦しそうな顔をしている。
「エイジ、大丈夫?。」
クマちゃんがそう言った時、オメガはクマちゃんの横にラムネのビンがあるのを見つけた。
「あっ、やられた。」
「ヘヘッ、先に飲んでしまった・・・・。」
オメガは早速ラムネを買った。
「すいません。ラムネ一本。」
「ラムネ一本ね。100円だ。」
そこのおじさんがまたいい人だった。お金を受け取ると言う。
「どっから来たんだ?。」
近くにいたクマちゃんが答える。
「東京です。」
「ほう、東京かー。何日ぐらいかかったー?。」
「今日で三日目です。」
「ほう、帰りはどう行くんだ?。」
「帰りは・・・一応秩父の方をまわって行こうと思って・・・・。」
「何日間の予定だ?。」
「あっ、四泊五日で・・・。」
「ああ、五日なら余裕だなあ、ハッハッハッ。」
なかなか親しみやすいおじさんだ。
今度はエイジが言う。
「あの、トイレ貸してもらえませんか。」
「ああ、そこ入ってくとあるぞ。ちょっと汚ねえけどな、ハッハッハッ。」
エイジはすぐにトイレに入った。
ところで、ここで飲んだラムネはとてもうまかった。都会のものと違って甘みがあり、口に味が残る。これに比べれば、都会のラムネはただの炭酸だった。
一本飲み終わってオメガが言う。
「クマちゃん、なんかもう一本飲みたくならない?。」
「あっ、私もそう思った。」
ビンにごまかされて気付かないが、ラムネというのは案外量が少ない。まして疲れ切ったこの二人にとっては・・・・・・。
「すみません。ラムネもう二本。」
「はいよ。」
結局、誘惑に負けて二人はもう一本買ってしまった。
何度飲んでもやはりうまい!。二人は満足したのだった。
エイジがトイレから戻ってくると、三人は出発の用意を始めた。クマちゃんが聞く。
「ここから清里まで、どのくらいありますか?。」
おじさんは言った。
「うーん、7キロかな。オレは、毎朝車で行ってっからわかんだよ。」
ゲッ、まだ7キロもあるのか、とオメガは思った。しかし、今日は野辺山に着いてテントを張ったら、遊ぶという予定になっているので、もうひとがんばりするしかない。
「どうもありがとうございました。」
三人はおじさんに礼を言って、ラムネ屋を去っていった。
トウモロコシも買ってほしかったな、と思いつつ、おじさんは三人を見送るのであった・・・・・。